中国と日本、言語文化差異
中国人が話をする時、相手がその話の内容を知っているかどうかに係わらず、「あなたは知らないだろうが、町の変化はとても大きい。私は町から帰ったばかりである。・・・・」等々。このような話方を日本人が聞いた場合、魯迅の作品中の人物「阿Q」を思い浮かべるだろう。中国人のこうした言い方をそのまま日本語に訳した場合、日本人の感情を害することが往々にしてある。
一般的にこのような場面では、日本人は「あなたもご存知だと思うが、町の変化はとても大きいです。私は町から帰ったばかりですので。・・・・」などと言う。相手が明らかに知らないと分かっていても、あたかも皆が知っている話かのように話しを始める。通訳をする場合、「あなたは知らないだろうが、」を「あなたも知っていると思うが、」と言うように変えたほうがいいと思う。
日本人の学生は「分かりません(知りません)と言うのが好きである。この意味は「答えられません」の意味で、先生が質問すると、往々にしてこの答えが返ってくる。学生にしてみれば「分かりません」と言えば、それで安心し、自分とは無関係な問題となる。実際、「分かりません」と言うのは消極的な学生で、先生もそれ以上質問しない。
この点は中国の学生も日本の学生も同じである。違うのは社会に入ってからである。
日本人は社会人になってから、ある時には再々「知りません」と言うが、状況は二種類に分けられる。それは仕事中とそれ以外のときである。先ず仕事以外について話してみよう。
仕事以外の場面で、ある人があなたに道を尋ねたとしよう。中国人は「知らない」と答えるだろう。だが、日本人はただ「知らない」とだけは言わない。普通は「すみません、わかりません」や「ごめんなさい、知りません」などと言い、最低でも「わかりませんから、他の人に聞いてください」と言ったりする。日本語ではこのような言葉は語気によって気持ちを表す。
もし、日本語で「知りません」とだけ言うと、言われた人は「あなたには教えない」と言われたのと思い、ぶっきらぼうな感じを受ける。そして、相手を不愉快にさせてしまう。
もし、仕事の上で、同じように道を尋ねられた場合、「知りません」と簡単には言えない。たとえ、礼儀正しく答えても「知りません」を言うのには注意を要する。では、本当に知らない場合はどうするのだろうか?日本の会社員は先ず同僚等に聞き、その後丁寧に道を教える。特にサービス業に従事する人々はこのような対応を非常に重視する。彼ら(彼女たち)はお客さんに対するサービス精神に基づき本来の仕事と全く関係ないことでも、丁寧に対応する。勿論あまりにも忙しく、あなたの相手をできない時などは「わかりませんので、他の人に置きください」などと言われることもあるだろう。
警察官以外の人々であれば、道を尋ねられて答えることは自分の本来の仕事ではないので、答えないかもしれないが、では、自分の仕事の範囲内の場合、日本人はどのように対応するのだろうか。
例えば、お客さんが洋服売り場の店員に向かって、「レコード売り場はどこですか」あるいは「この服はどこの国で生産されたものですか」などの質問をした場合、決して「知りません。他の人に聞いてください」などとは言わない。必ず、同僚等に聞いてから、お客さんの質問に答える。そして、答え方は道を教える時より、さらに丁寧でなければならない。
「知らない」と同じような言葉に「聞いたことがありません」「したことがありません」などがある。自分の仕事の上で分からないことが出てきた場合、日本人は一般的に自主的に勉強する態度を取る。「しりません」「したことがありません」「勉強したことがありません」などは仕事を断る理由にはならない。
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