中国と日本、人間関係の文化差異
10年程前に、わたしの書いた本が賞を得て、賞金をもらった。それについて回りの友人からの反響が違った。日本人の友人達はみんなでお金を出して「祝賀会」を開いてくれたのだが、中国人の友人は、君自身がお金を出して奢るべきではないかと言ったのである。
中国人が言っている「奢る」というのは、だいたい自分から進んで招待することだが、彼の言う招待は、わたしが招待すべきだというのである。
中国人同士ならこのたぐいの「奢る理由」は何も問題がないのである。同じ集団に入っているなら、同じ家族になるのでお互いに助けあい手伝うのは当たり前だと思っているのだ。
日本人の場合、正当な理由があれば奢る。しかい、時にはペナルティー(制裁)的な意味合いもある。例えば約束に遅れた場合、お詫びの意味でみんなに奢ることもある。日本に駐在する中国人なら、一旦求められたら面子のために大金を使っても招待(奢る)するかもしれない。たとえ経済的に損をしてもみんなに悦んでもらった方良いと思っている。
中国ではペナルティー(制裁)的に奢ることは、ほとんどない。順番制なので、「制裁」と冗談半分にいわれてもただ順番を先にずらすだけで、今度はまた誰かの番になって自分は招待される側になる。しかし、中国での仲間の付き合いはそれほど打算的ではなく、時には用事で欠席したりしても招待するほうも招待されるほうも、特に気にしない。
中国人はいつも長い眼で物事を見るのである。恩に報いることは時間の制限がなく、時には一生涯かかっても恩返し出来ないことがある。そんな時は子孫に報いてもらう。こういうわで集団の中で奢ったり奢られたりするのも、ごく普通のことである。
日本人はそんなに眼(気)が長くないようである。恩恵を受けた人は恩恵を受けることを当たり前だと感じ、向上心が無くなると困ると思い、それ以上は気にしないようにする。(管理人)
中国でよくあることだが、ある科学者が特別の貢献で国から報奨金を貰った時は、会社の人達はみんな飛びついてご馳走してもらう。門番の守衛までも「毎日、安全な環境を保っている我々がいなければ、落ち着いて研究に没頭できなかった」と、報奨金の分け前くれと言い出す。結局その学者の報奨金はみんなに分けてしまったそうである。

